2016年2月28日日曜日

税金を払わなくてもいいような貧乏人こそ確定申告をしなければならない

本年、平成28年の個人の確定申告期間は、3月16日(火曜日)までとなる。
参考のために、このブログで書いた税務申告の記事を紹介しておきたい。

確定申告における青色申告の注意点
青色申告による確定申告書の第一表と第四表の関係
国税庁のサイトで税務申告に必要なPDFファイルが検索できない
実は結構難しい個人事業の青色申告決算は分かりやすい記帳から

以上をまとめたものが、
個人事業の確定申告における青色申告のポイント
となっている。

これらの記事は青色申告での開業時の注意点や赤字処理の分かりにくい部分、記帳しやすい経費処理など、やや上級者向けというか難しい部分の解説をしているので参考になる人は限られるかもしれない。
もっと基本的な部分を知りたい方は書籍や、部分的な疑問は他のサイトを参考にして欲しいと思う。


ただ私は以前から、税務申告について根本的なところで大きな誤解をしている方がいることを憂慮していて、今回はそれについて述べたい。

それはタイトルにあるように、税金を払わなくてもいいような貧乏人こそ確定申告をしなければならないということである。

「ぼかぁ無職で無収入のニートだから税金なんて関係ないさぁ~」などと考えている方がいたら、それは今年から直ちに改めなければならない。
確かに、世の中には「確定申告?何すかそれ?」という人は大勢いる。
しかし、そういう人達の大半はサラリーマンとして税金が源泉徴収され会社がやってくれる年末調整で所得税額が確定し、納税も完了するので、自分でやる必要がないだけである。
あるいは、主婦のように配偶者として夫の税務処理に組み込まれている場合である。
ただし、給与収入が2000万円以上の人や副業のある人は申告しなければならない。また、去年の申告から経費の枠が拡がったりしたので確定申告で税金が安くなる場合もある。さらに、将来は配偶者控除も見直されるかも知れない。
したがって、今後はサラリーマンの確定申告も重要になってくるかもしれないのだが、現状では大半のサラリーマンは確定申告とは無縁であろう。

そのような真面目な一般労働者諸君と同じ気分で、無職が税務申告を無視していたら実は恐ろしいことになるのである。

私が実際にネットで見かけたのは、猥褻な同人誌制作で糊口を凌いでいるような男が「滞納していた住民税の取立がきた~どうしよう?どうしよう?」などとツイッターで大騒ぎをするようなケースであったが、この場合、同人誌が売れてその収入を申告しなかったということではない。
その男の同人誌はあまり売れていないようであり、経費をきちんと計算してわずかな収入を申告していれば住民税などゼロかごく僅かになるはずである。
しかし、申告をしなければバイト収入など税務当局が把握している所得に基づき税額が計算されてしまい、猥褻な同人活動などたとえ赤字であっても所得を誤魔化しているのではないかと白い目で見られ後から経費を認められることなどないのである。

その結果、二年間滞納している住民税に延滞金が加算され「今年度の収入の数倍」(といっても177,400円だったりするが)もの住民税が請求されたりするのだ。

しかも、それだけではない。
年金の支払いについても、きちんと免除申請していれば払わなくても問題ないのだが申請していないと容赦なく請求される。
そして、その免除申請も収入が低いことを税務申告で証明していないと申請は下りないのだ。
取立に来たときに、「実は収入がありませんで」などと言い訳しても許してくれないのである。


以上のように貧乏人が確定申告しなければ、取り立てられる金がどんどん増えて悲惨なことになるのだが、国家財政の逼迫に伴い今後は税金にしろ年金にしろ、払わない者への取立はどんどん厳しくなるのは間違いない。
その上、来年には更なる消費増税も予定されている。
ない者からは取れないが、ないということを国家のルールに従って証明しなければならない。
そうすることによって書類が全ての官僚制度の間隙を突き、国家権力から身を守るしかないだろう。


一方で、この時期になると自営業で小銭を稼いでいるような輩が「大変だぁ、そろそろ確定申告しなきゃ」などといかにも俺は仕事で税金を払うだけの収入があるんだぜと言いたげなつぶやきがツイッターなどで散見されるが、これなどは堀江貴文が言うように、自分で税務申告している程度では大した仕事なんてしていないのである。
税務などとっとと外注して自分の仕事に専念するようでなければ一流とは言えないのだろうが、少なくとも自分で確定申告をしていることは何の自慢にもならない。

しかし、ネットでは相変わらずアフィリエイト程度で自営業者を名乗っているような連中が書く「確定申告、ちょっと得するいい話」みたいな記事が溢れ、貧乏人はアベノミクスでバイト収入が上がることを夢見させられたりしているのだから、今回、意識の高い貧乏人のための確定申告の必要性を書いてみたのである。

もちろん、収入の少ない人が税務を会計士に頼めるはずはないので自分でやるしかないのだが、面倒でもやらなければいけないということはお分かりいただけたかと思う。

2016年2月27日土曜日

あまりにも分かりにくいFacebookのプライバシー管理

大阪の梅田で起きた一昨日の自動車事故は、死傷者10人以上という惨事になってしまった。
運転手の方は突発的な病気ということで、防ぐことは難しかったのだろう。
自動車などというバカげたものを恨むしか術のない、現代の厄災である。


ところで、この運転手の方はTwitterやFacebookをよくやっていたようで、そこからすぐに素性が判明してしまった。
彼を責めるような声はほとんどないし、死んでしまったのだから知ったことではないと言えばそうだが、家族や会社関係の方達はどうしても肩身の狭い思いをしてしまうのではないだろうか?


そこでSNS、特に詳細なプライバシーを要求するようなFacebookの閲覧には気をつけたいところだが、Facebookのプライバシー管理には、まるで罠を仕掛けるかのような分かりにくさがあるのである。

特に注意しなければならないのは、設定からプライバシー選ぶと、「私のコンテンツを見ることができる人」を制限できるのだが、「今後の投稿の共有範囲」と「タイムラインの過去の投稿の共有範囲を変更」が別になっていて、「今後の投稿の共有範囲」だけを「自分のみ」にして安心しても、過去の投稿がそのまま放置されたままだということだ。


Facebookには他には分かりにくいところが多々あるが、上の設定だけでも注意しておかないと、何かをやらかしたときに自分の情報がダダ漏れになってしまうので恐ろしい。

Twitter同様に、いやそれ以上に下らない賢しら野郎が跋扈しているFacebookなどやらない方がいいのかもしれない。

2016年2月26日金曜日

ウナちゃんマンと小山田圭吾は似ている

ウナちゃんマン(佐野智則)と小山田圭吾は似ている。



目力の強さとか、鼻とか。
小山田さんの髪も、ひょっとすると佐野さんレベルである可能性は否定できない。

小山田さんは先輩格の細野晴臣に似てきたが、佐野さんも割と細野に似ている。
ああいう達磨大師的な強さを持った顔、ということだ。

佐野さんは1968年10月生まれ、小山田さんは69年の1月生まれなので、二人は同学年。
ちなみに、俺も68年11月生まれなので同学年ということになる。
つまり、今は47歳ということだ。


佐野さんと小山田さんは、言わずもがな全く違う人生を歩んでいる。
というか、人間のジャンルが全く違う。

佐野さんは小山田圭吾を知らないかもしれない。
以前、暴力温泉芸者というハンドルネームのリスナーが書き込んで、佐野さんにはウケていたが元ネタは知らないようだった。
写真は先ほどの放送で松山千春を熱唱していた最新の佐野さんだが、コーネリアスのようなサブカルミュージシャンには全く興味がないのだろう。

一方、小山田さんがヤクザのように、「てめぇ、リスナーにステッカーとか売りつけてんじゃねぇぞ、この野郎!」などと小沢健二を脅すところなど想像できない。


しかし、二人は似ている。

47歳という年齢は、サブカルの王子様だったミュージシャンとムショ帰りのアウトロー配信者の違いなど、どうでも良く感じてしまうのだ。

ただし、これは年齢という個人的な問題だけではなく、やはり今という時代がそう感じさせるのかも知れない。
「新しさ」や「古さ」など全く無効な時代の感覚。

ウナちゃんマンは経営する「大衆酒場うな」の様子を見れば分かるように、自覚的に古いタイプの昭和のオヤジを体現しているが、小山田圭吾は常に時代の最先端であり続けようとしてきた。
しかし、今やそのような態度そのものが無効化している。

二人は言わば、“非”時代的な男の顔をしているのだ。

2016年2月25日木曜日

去年と今年買った投資信託の含み損が3万円近い

買っている投資信託は日本と先進国と新興国の株式インデックスで、今日は少し上がったから3万円まで詰めたのだが、日経平均1万5千円割れのときは当然結構下がっていた。
先進国と途上国の投信は、為替の影響も大きい。

去年のクリスマス頃と今年の1月5日に買ったのが痛かった。


89年の12月から90年の1月に株を買った奴はどういうマヌケ野郎なのか?というのが25年来の疑問だったが、ついにその謎が解けたのは幸い。

「そろそろ下がる頃合いなのは確かなのだろうが、あれ?意外にいけるじゃん」という浅はかさが、自分にも満ちあふれていたわけだ。

それに拍車をかけたのがNISAで、「少しでも枠を使い切ろう」というセコさにやられたって感じだ。

そういう人は多いのだろう。

自分の場合、大した額ではないがそれで結構いっちゃてる人もいるんだろうね。


月曜日と火曜日に225とTOPIXを買い足したが、今は様子を見るしかない。

2016年2月19日金曜日

個人事業の確定申告における青色申告のポイント

確定申告が近づいてきた。
以前に書いた個人事業の確定申告における青色申告のポイントをまとめたので、参考にして欲しい。

なお、青色申告とは、複式簿記等の手法に基づいて帳簿を記載し、その記帳から個人または法人の、正しい所得や所得税及び法人税を計算して申告することである。
青色申告によらない申告は白色申告と呼ばれ、青色より簡易だが欠損金の繰越が無いか縮小され、青色にある特別控除も無い。


  • 「事業主貸」「事業主借」「元入金」とは何か?
    • 「事業主貸」とは、税務申告をする個人事業においては個人事業主は自分で自分に給料を払っても経費に算入できないため、年度内に事業のお金を個人に出す場合、これを「事業主貸」という。
    • 「事業主借」とは、「事業主貸」とは逆に個人が事業にお金を出す場合を「事業主借」という。
    • 「元入金」とは、会社でいうところの資本金のようなもので、今年の元入金=前年の元入金+事業主借-事業主貸±損益という計算になる。

  • これを一般の会社の経理のように考えると、事業で儲けが出て(あるいは出なくても)、そこから家計にお金を出すような場合、事業主に(つまり自分で自分に)配当金(融資の返済と考えてもよい)に相当する事業主貸を支払い、その合計が差し引かれ残ったお金が翌年の資本金に相当する元入金として期首に計上されるということである。
    一方で資金不足になって家計から事業へお金を出す場合、増資(融資と考えてもよい)に相当する事業主借として計上され、その合計が元入金に加えられることになる。

    ただし、このとき注意しなければならないのは、上記の「今年の元入金」を出す計算式を見ても分かるように「事業主貸/借」と「税金が算出される事業の損益」は別である、ということである。
    この点を明確にするために事業主貸/借という考え方が導入されているのであって、これを混同して考えてしまい、事業主貸を経費として利益から差し引いてしまうと脱税になってしまうで、この点だけは誤解なきようにして欲しい(自分の事業に対して「貸/借」という語は変だと思われだろうが、損益と明確に切り離して考えてもらうためにこういう用語になったのかもしれない)。

    また、年間の経理をまとめて処理する場合の裏技として、年度の途中で「事業主貸/借」を入れると複雑になりやすいのだが、年度の最初にまとまった額の元入金を入れておけば会計処理が楽になる。


  • 赤字計上の注意点
    • 青色申告の重要な特典として個人事業の青色申告では赤字を3年間繰越できるが、この繰越を行うには損失申告用の申告書第四表こちらの国税庁のサイトから申告書第四表(損失申告用)【平成25年分以降用】(PDF/86KB)が入手できる)を合わせて提出しなければならない。
    • 申告書の書き方、読み方としては、第一表の「収入金額等」ア~ク、「所得金額」の1~7まで進んだ後、第四表に飛んで「収入金額等」ケ~サ及び「所得金額」8、9に相当する部分がそこに記載され、再び第一表に戻り、「所得から差し引かれる金額」に進む、という構造になる。つまり、第一表だけで完結する計算にはなっていない

  • なお、国税庁のサイトは分かりにくい造りになっていて目的のファイルが捜しにくい。それについては以前に書いたこちらを参考にして欲しい。

    2016年2月18日木曜日

    2015年1月1日木曜日

    紅白をやりたいのなら普通の歌番組に戻すべき

    新年、明けましておめでとうございます。

    年賀状に換えまして、こちらでご挨拶させていただきます。
    本年もよろしくお願いします。


    昨年は、ある意味、最終回にすべき紅白歌合戦などということを書いたのですが、昨日の紅白を見てみたら、やはり止めといた方が良かったんじゃないかと思いました。

    若い人というか新曲を歌うような人達が全くダメでしたね。

    本当にいいところが皆無でした。
    嫌いとかじゃなくて印象に残るものが何もない、という感じです。

    強いて言えば、SEKAI NO OWARIというグループの曲で、以前見たときはオートチューンを使っていたのが今回は素歌だったということでしょうか。
    素歌の方が演劇的な雰囲気に合っていて全然いいと思いました。


    良かったのは、天童よしみ、五木ひろし、中島みゆき、といったところでしょうか。
    三人とも、あまり好きな歌手ではないのですが、それぞれ素晴らしい歌でした。

    ただ、恩人が死んだりしないと普通に落ち着いて歌わせてもらえないような今の紅白のムードはどうなのかと思いました。

    また、中島みゆきで驚いたのは朝ドラの主題歌を歌ったわけですが、ドラマのオープニングで流れる歌唱よりも、今回の生歌の方が格段に良かったというところです。
    逆に言うと、あのオープニングの歌は何なんだということですが、録音時に調子が悪かったのかもしれません。
    いずれにしても、歌唱の良し悪しによって歌のイメージが大きく変わるのを感じて面白かったです。


    期待外れだったのが、薬師丸ひろ子、中森明菜、松田聖子といった80年代のアイドル達ですね。

    薬師丸ひろ子は本当に緊張しているようでしたが、『セーラー服と機関銃』の方が歌いやすかったのではと思います。

    松田聖子も今ひとつでしたね。
    印象に残ったのは、歌よりも娘の晴れ姿を見て涙を流さずに涙ぐんでいたところです。
    春やすこを審査員に呼んでおいて欲しかったですね。
    あるいは、郷ひろみと一緒に「レリゴー!」とやって欲しかったです。

    一番の問題は明菜です。
    本人のヤバそうな雰囲気もさることながら、曲がとにかく酷い。
    作曲家に浅倉大介の名前を見た瞬間から嫌な予感満載でしたが、あの「レイブが20年間毎年来ているような曲」はさすがに厳しいものがありました。

    私は、当時から完全に聖子派で明菜は嫌いでした。
    今でも、聖子と明菜を並べて「当時の二大アイドル」などと言われると、「それは違う!」とつっこみます。
    しかし、昨日の曲はさすがに可哀想になってしまいました。
    復帰するのは良いのですが、もうちょっと環境を整えてあげるべきではないでしょうか?


    番組の余興もどうかと思いましたね。
    前回の『あまちゃん』をライブでやったのは良かったのですが、同じようなことをまたやるというのは本質的にセンスがないというか、手抜きという感さえあります。
    聖子、明菜、薬師丸を出したこともそうですが、『あまちゃん』に引きずられすぎという気もします。

    何度も書いていますが、『あまちゃん』は歴史を描いた作品であるがゆえに一つの終わりを提示している、という認識を持つべきではないでしょうか。
    引きずってはいけないのです。

    そもそも前回の綾瀬はるかもそうでしたが、いっぱいいっぱいの女優に無理に司会をさせてみんなで見守る的なことって、歌番組に相応しいのかという根本的な疑問があります。


    また、子供枠として妖怪ウオッチとかディズニーアニメの歌がありましたが、私が感じたのは「宮崎駿の不在」ということです。
    宮崎駿のような人がいなくなれば、ああいうものが子供達に与えられていくのだな、ということです。
    ゲーム的なものとUSA的なもの、いずれも分かりやすいものですが、分かりやすいものしか分かろうとしない人が増えるような気もします。


    他には、長渕剛やアップを頑なに拒否したと思われる美輪明宏などは一年に一回くらい見てもいいなという感じでした。
    美輪明宏は桃組も断固として拒否したんでしょうが。

    サザンのメッセージソングもいいのですが、歌番組としての本当の平和を願うメッセージというのは、数年前にやっていたように韓国や中国のアーティストを出すことでしょうね。
    今回の紅白はK-POPの連中が出ていた頃と比べると、かなり閉鎖的な印象がありました。


    いずれにせよ、紅白を続けるのなら二部構成を止めて3時間くらいに短縮して、普通の歌番組としてやるべきではないでしょうか。
    あるいは逆に、前半は若いアーティスト、後半は演歌などのベテランに分けて、なるべく多くの歌手を出演させるようなやり方でもいいでしょう。
    出演者が特定の所属事務所に偏るのは今の芸能界ではどうしようもありませんが、だったら枠を拡げて多くの人を出した方がいいでしょう。

    とにかく、今のドラマの番宣のような紅白は歌や音楽を舐めていると思われても仕方ないものです。
    CDの売上トップテンなどを見ると、舐められてもしょうがない面もありますが、そこは現状に流されないNHKの気概を見せて欲しいものです。