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2013年12月30日月曜日

靖国神社の問題は天皇陛下の参拝を抜きに考えることはできない

安倍総理の26日の靖国神社参拝が殊の外大きな問題になりました。

中韓の反応は予想通りだとしても、米国大使館が「失望している」(Japan is a valued ally and friend. Nevertheless, the United States is disappointed that Japan's leadership has taken an action that will exacerbate tensions with Japan's neighbors.)との声明を出したことは日本政府にとっても想定外だったようです。

私もここまで明確に米国が総理参拝を批判するとは思いませんでした。

この声明が意味することは二つあると思います。

一つは米国が現時点において、東アジア状勢、とりわけ尖閣を巡る日中関係に強い懸念を持っているということです。おそらくは、ちょっとしたきっかけによる軍事衝突の可能性も低くないと考えているのでしょう。そして、それは米国にとって非常に避けたいことなのだと思います。
だからこそ、本来なら米国にとって大した問題にならない今回の参拝についても過剰に反応したのではないでしょうか。

多くの日本人は日中戦争など起こるわけがないと考えているのかもしれませんが、領海侵犯を連日繰り返している現場の中国サイドが暴発するような事態もあるという米国の懸念は、十分に考えておくべきことです。

二つ目は、親密な同盟国に対し安倍総理がやらかした「後で」このような強い調子の声明を出すということは、「これで終わりにしとけよ。次はねぇぞ、この野郎!」というメッセージが込められているということです。

実際に、安倍総理はもう来年以降参拝はできないでしょう。
あるいは、他の人が総理になっても、石原慎太郎や橋下徹のような極端な政治家を別にすれば、もう参拝は無理じゃないかと思います。

逆に安倍総理や次期総理が来年以降も参拝するような事態になれば、周辺諸国の反応よりも日本人自身が国家の戦争準備を認識するべきかと思います。


しかしながら、国家の代表者が英霊が正式に祀られている場所に参拝ができなくなるということは、大変憂慮すべき事態であるのは言うまでもありません。

では、どうするか?

私の考えとしては、やはり天皇の靖国参拝(タイトルも「参拝」としたが正式には「親拝」が正しいらしいので、以下「親拝」とする)を正面から考えることを避けては通れないということです。

天皇の親拝については、昭和天皇が戦後数年置きに計8回行いましたが、1975年(昭和50年)11月21日以降崩御まで親拝を行わず、今上天皇も即位されてから一度も親拝をされていないわけですね。

昭和天皇が親拝を止めた理由として、三木武夫首相が終戦の日の参拝に際し言った「個人として参拝した」という余計な言い訳が、公式行事にならざるを得ない天皇の親拝をやりにくくさせたから、という意見もありますが、宮内庁長官や侍従が残したメモなどから今では、「昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感をもっていたから」という説が有力であるようです。

この元宮内庁長官・富田朝彦が残した所謂「冨田メモ」には、昭和天皇の言葉として
松平の子の今の宮司がどう考えたのか
易々と
松平は平和に強い考えがあったと思うのに
親の心子知らずと思っている
だから 私あれ以来参拝していない
それが私の心だ
と書いてあるようですが、私にはこの一節に今上天皇が即位以降一度も親拝されていない理由が刻まれているのではと思ってしまいます。

すなわち、親の心を知れば自分は親拝できない、という。


けれども繰り返しますが、今回のことで総理の参拝が難しくなり、陛下も引き続き親拝されない、という状況は何とかしなければなりません。

戦争犠牲者の追悼に並々ならぬ熱意をお持ちの陛下も、靖国の問題がこのままでいいとお考えではないはずです。

とはいえ、陛下に親拝を「要請」するなどということはあり得ないことです。
そのようなことは何人たりともできません。

ただ、問題がここまでこじれてしまった以上、陛下に靖国についての率直な思いを語っていただくのも日本人の真の平和への想いを諸外国に理解してもらうためには良いことではないかと思います。
そして、それにより昭和天皇の真意が明らかになれば、陛下が今後どのようなお気持ちで親拝をされるのであろうかも明確になるかと思います。

その上で、陛下が親拝される状況が整えられるのであればそうすべきです。

具体的には、分祀が不可能である以上、「総理以下、政府の要職にある者は今後靖国には参拝しない」としつつ、陛下の親拝を静かに待つ、ということです。

陛下が親拝されるには国際的にも静かな状況が必要で、今後どうせできないのであれば談話などの形で総理以下政府要人の参拝はしないと明言した方がいいでしょう。
その上で、陛下が親拝されるのが靖国神社にとって本来のあるべき姿かと思います。

もちろん、中韓などは陛下の親拝にも文句を付けるのでしょうがそこは全く相手にする必要はありません。

まともな国ならば、日本の伝統行為として受け入れるはずです。


取り戻すのが好きな安倍総理に、是非とも靖国神社本来の姿も取り戻してもらいたいと思います。

2013年11月2日土曜日

山本太郎の愚行を促したくまモンという着ぐるみ野郎や竹田恒泰という皇室芸人

山本太郎の園遊会直訴状事件が話題になっております。
園遊会と言うと、私の世代で思い出すのは4代目三遊亭小圓遊なのですが、さきほど調べてみて驚いたことに彼は43歳で亡くなっているのですね。
もうすでに私は小圓遊の死んだ歳を越えて生きているのでした。
今月誕生日を迎え45歳になり、「三島由紀夫が死んだ歳になってしまうのだな」などとちょっとした感慨を持っていたところ、すでに小圓遊越えを果たしていたというわけです。
小圓遊が死んだのは私が小学生のときで、彼のイメージからもっと歳だと思っていたのですが・・・
歳月人を待たず、と言うしかありません。

そんなことはどうでもいいのですが、園遊会で山本太郎がやった陛下への直訴状手渡しは誠に非常識かつバカげた行為であることは言うまでもありません。
まさに、愚行、ザ・愚行です。
今年は、若者が冷蔵庫に入ってみたり、洗浄機に入ってみたり、果てはクローゼットに入って元恋人を刺してみたりとちょっとした愚行ブームとでも呼びうる状況でしたが、ここにきて愚行の真打ち登場といった感があります。

かつて、北京オリンピックで金メダルを取った石井慧が入賞者を招いてのお茶会で、陛下に「天皇陛下のために戦いました」などと言って顰蹙をかいましたが、そこには「陛下の前でもふざけてみたい。でも、バカなことは言えない。そこで大袈裟なこと言ってウケを狙うのはどうだろう?」という下らない計算があったのでしょう。
いかにも、柔道バカが考えそうなことです。
しかし、この発言は戦争で命を落とした英霊をパロディ化して愚弄するニュアンスもあったために一部で強い反発を受け、この後、彼の金メダリストとしての栄誉は消滅してしまったのです。

このような、質の悪い愚行と比べれば山本太郎の今回の行為はピュアな感じはしますが、まともな人間のすることではないのは確かです。

そもそも、いくら参議院議員とはいえ、中核派革命軍のシンパが園遊会の参加を許されるということ事態が異常と言えば異常で、議員ならば自動的に順番で園遊会に参加できるという慣例に問題があるのではと思います。

ただそれはそれとして、私は最近の皇室を取り巻くムードがこのような愚行を許容してしまったのではないか、という気がしています。

一つは園遊会3日前の、くまモンとかいう着ぐるみ野郎が天皇皇后両陛下に拝謁した件です。
着ぐるみで陛下に拝謁ということ自体いかがなものかと思いますが、皇后陛下に「くまモンさんはおひとりなの?」と尋ねられた際に、着ぐるみ野郎はすっとぼけて何も答えず、知事が「くまモンはくまモンです」などと開き直ったかのような返答をしたとのことです。
その後、「くまモン体操」とかいう激しい踊りで着ぐるみからホコリを撒き散らしたというのですから全く無礼な話です。

そして、もう一つは竹田恒泰という皇室芸人の存在です。
皆さんもテレビのバラエティ番組でご覧になったことがあると思いますが、日本オリンピック委員会会長竹田恒和氏の長男で「明治天皇の女系の玄孫」という高貴な家柄の方なのです。
そういう人がテレビで芸人に皇室の伝統を解説するのはまだしも、背後関係の分からぬ恐喝的街宣団体を評価したり、清和天皇後裔を名乗り排外宣伝に熱心な女性を持ち上げてみたり、果ては件の山本太郎と親交を深めたりと、あまりにも脇の甘い行動が目に付きます。
彼は法学者でもあり在日外国人の通名問題など言っていることは正しいと思いますが、立場上相応しくない振る舞いも目立ってしまうのではないかと思います。


この二つに見られる最近の皇室を巡る「ゆるい環境」が、山本太郎に「議員の俺なら直訴もオッケー?」みたいな気持ちを抱かせてしまったとは言えないでしょうか?

私は、今回の彼の行為には参議院議員として何らかのペナルティが必要かと思いますが、議員辞職には当たらないと思います。
その一方で皇室に対する厳かな国民感情を立て直す必要はあると思っております。

2013年1月16日水曜日

歌会始に込められた天皇陛下の政治的メッセージ

先ほど、皇居で歌会始がしめやかに執り行われました。
やはり日本という国は、歌会始こそが新年の本格的スタートという感じですね。

しかし、この歌会始、単なる文化的行事ではありません。
普段は政治的メッセージを一切発することのない天皇皇后両陛下、そして皇室の方々が日本国に向けてその意向を高度に洗練された和歌にして表明する唯一にして最高の場なのです。
会の最中変わることのない天皇陛下の普段はお見せにならない厳しい表情がそのことを何よりも伝えています。

それでは、今年の歌会始において何が主要なメッセージだったのでしょうか?
それはやはり、安倍政権誕生で実現が難しくなった女系天皇、女性宮家創設の問題でしょう。

まずは雅子妃殿下の歌を詠んでみましょう。

十一年前
吾子の生まれたる
師走の夜
立待ち月は
あかく照りたり

女性天皇になることができなくなった愛子様が誕生された11年前をふり返り、女性皇族の行く末を案じる歌と言っていいでしょう。わざわざ11年前という半端な年月の過去を懐かしむ歌を詠むことで、雅子様の強い御意志が反映されていると考えていいのではないでしょうか。秋篠宮様の若干驚いたようなお顔が印象的でした。

そして、陛下の歌、大御歌です。

万座毛に
昔をしのび
巡り行けば
彼方恩納岳
さやに立ちたり

「万座毛」に行き彼方の「恩納岳」を眺め「さや」に立つ。
「恩納岳(オンナダケ)」=「女だけ」になってしまう皇室の彼方すなわち未来を憂う歌、と解釈していいのではないでしょうか。
「さや」とはむろん、「サーヤ」の愛称で親しまれた黒田清子様のことであり、清子様の宮家を立てたいという思いが込められているとも考えられます。
また一方で、恩納岳は18世紀琉球王朝時代に琉歌に詠まれたことでも有名な山だそうです。
やはり、陛下のもう一つのメッセージとして沖縄を孤立させてはいけない、沖縄の島々を守らなければならないという御意志が強く顕れているのではないかと考えられます。
尖閣問題や米軍基地問題などで沖縄の人々の心が日本という国から離れてしまうようなことを強く懸念された歌でもあると思われます。

こうして考えると、今年の大御歌はかなり率直に日本政府に対し大御心を表明している歌と言ってよいでしょう。もはや勅命と言ってもいいかもしれません。
出席していた赤松広隆などは終始キャバクラの女のことを考えているような呆けた顔をしていましたが、聡明な谷垣禎一法務大臣などは陛下の御意向を十分に理解してか、やや青ざめた表情をしていました。


ところで、歌会始では講師と呼ばれる人がまず全句を節をつけずに読みます。続いて発声や講頌と呼ばれる人達が節をつけて歌うのを皆で聴くわけですが、これはDJが曲をセレクトしレコードで再生して、それを聴く人達が踊るというクラブの様式を彷彿させるものです。
言わば、講師はディスクジョッキーならぬソングジョッキーと言ってもいいかもしれません。あるいはラッパーの役割を担うレゲエのDJに近い存在ですね。

歌会始において講師ことソングジョッキーは坊城俊成さんが担っています。
長髪を束ねたメガネのナイスガイです。本業は建築史家なのだそうです。
ちなみに、学生時代の坊城氏が私のいたメガネ屋でメガネを買っていただいたこともありました。


最後に私も一つ歌を詠みましょう。
今年のお題は「立」でした。

金棒を
花の頭に
打ち立てし
ひなのもすがる
関東連合

今年こそはいい歌を作っていきたいと思います。